この神戸の石畳は知っています トラディショナルジャズのスピリットとファンも街もスイングしていることを…
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神戸の街は、震災後見違えるばかりの復興をみた。だが、三宮から山手に向かっての北野町の界隈は、震災前と変わらないチョッとレトロな魅力に満ちたたたずまい。秋10月、金木犀の花の香りが漂ってくると、神戸のジャズの季節でもある。そして、この街のジャズも、25年前に神戸ジャズストリートが始まった頃と少しも変わらない。それは、第二次大戦後の50年前から同じスタイルのジャズを受け継いで生きたからだ。
ジャズは日進月歩というけれど、神戸は違う。クラシック・ジャズというかオーソドックスなジャズを守り続けている。いまのアメリカに失われている伝統のジャズが<神戸ジャズストリート>のメインのジャズで、そこがヨーロッパのジャズ・シーンと似ている点だ。今年も、そのヨーロッパから優れたジャズメンたちがやってくる。彼らはいう。「神戸のジャズ・ファンの熱心さは世界のどこにも見当たらないくらいだ!」と。そのファンの熱意にこたえて、彼らの演奏にはより一層の力がこもり、神戸でしか聴かれない素晴らしいジャズを演じてくれる。

神戸ジャズストリートに出たいんだが、どうしたらいいのか?
こういう声はよくあります。それには音を聴かせてもらえればいいのですが、それもナマの演奏に越したことはありません。その前にお聞きしたいことがあります。「あなたはジャズをどうして知りましたか。またどなたかに教わったのですか」と。こちらが求めたい答えは、音楽学校とかジャズの専門家に教わった、ではなく「ご自分が最も好きなジャズ演奏家は誰か?そしてその演奏をどれだけ聴きこんでいるか」ということなのです。ですから聴かせて下さる曲にしても、オリジナルの曲よりも昔からの伝統の曲、つまりスタンダードの曲を歓迎します。あくまでも、伝統のジャズの良さを知った上でのオリジナルであって欲しいからです。
それからジャズは気の合った者同士の会話みたいなものですから、ソロに凝るよりも弾んだ会話の方、つまりアンサンブルに重点を置いてほしいのです。
<神戸ジャズストリート>のプログラムで人気がありますのは、海外からのミュージシャンと日本のミュージシャンの共演です。それもプロ、アマチュアの区別なく、自由な組み合わせが楽しいという声が圧倒的に多いのです。これに参加できますのは、かなりのキャリアが必要ですけれど・・・。とにかく自信のある方は勇気をもって申し出てください。

「ジャズストリートって、神戸から生まれたの?」
これはファンの方から、よく聞かれます。その答えの前に、ジャズが生まれたニューオリンズの街の中で、有名な通りの名を思い出してください。そう、ベーズンストリートに、バーボンストリート、バーガンディストリートなど。これらはジャズの題名でご存知でしょう。ではニューヨークの街では?ここの通りの名はみんな数字で呼ばれています。分かりやすくていい面もありますが、中心の5番街を南北に、東西に走る通りにも味気ない数字でよばれています。1930年代にジャズのナイトスポットが軒を連ねていましたのは52丁目です。そこのナイトスポットには有名なジャズメンが毎夜出演していたもので、店も有名になったのでしょうけれど・・・。その頃、ジャズ・スポットに好んで通うジャズ・ファンたちが交わす言葉がありました。「どう、今夜ストリートへ行ってみない?」そうです。ストリートというだけでジャズを聴きに出掛けることでした。ところが今はもう昔日の面影もなく廃れきってしまい、同時に「ストリートへ行こう」という合言葉も聞かれなくなったようです。

さて、ここから神戸の話になります。神戸の繁華街の三宮、元町から北に向かって山手地域は古くから外国の領事館があったり、外国人が多く住みついている住宅地域でした。
1977年にNHKの朝のテレビ小説「風見鶏」がきっかけになって、お洒落な店が並ぶようになり、ジャズを聴かせるライブハウスの看板も見られるようになりました。その中心は中山手通、山本通、北野町という地域ですが、これらは東西に長く延びていて、人々が上下する坂道には名称がないという不思議なところです。東から不動坂、北野坂、ハンター坂、そして古くからあったトアロード(Tor road)と。このトアロードも誰がつけたのか、また説はいろいろとあるよう。でもこの坂の上がりきったところに<東亜ホテル>が明治の頃からあって、また、ここが神戸のジャズ発祥の拠点となって、大正のころは社交ダンスに夢中になっていたモガ・モボが通い慣れた坂道と聞きます。そうそう北野坂は阪急の三宮の北側から山手に向かっての道ですが、その途中までは坂の傾斜もないのに北野坂と名付けたのはおかしいと言い出した人がいました。25年前、ここでスタートした<神戸ジャズストリート>のオーガナイザーの末廣光夫が約1キロにわたる北野坂を<Jazz Street>と名付けようと言い出し、そのうちそれが通り名になってきました。何しろ、一つの通りにジャズを聴かせるライブハウスが6店も軒を並べているのは、いまの世界の街にはどこにもない神戸だけなのですから。

今、このストリ-トの石畳の歩道には<Kobe Jazz Street>のプレートが8枚、しっかりとはめ込まれています。見知らぬ旅人にも<ジャズストリート>の本家本元はここにありと静かに足元から告げているように・・・。

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